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2009年12月31日 (木)

こういう人がいた、ということ

 戦後60年あまり。食うことに困らない、まして戦争があったことさえ知らない人たちがふえてきました。そしてこの平和はあたかも誰かが守ってくれるかのような勘違いをしているヒトが少なくないようです。こんな平和ボケをしている国は世界で唯一でしょう。いまの経済危機はもとより、危機が襲った時の、一般の国民から政治家までのうろたえるさまを思うと恐ろしいことです。

 戦後、東京裁判で多くの軍人が、戦勝国であるアメリカにへつらうような態度を示したなか、米軍の戦略爆撃の不当性と日本の正当性を堂々と主張した軍人がいました。その名は岡田 資(タスク)陸軍中将。その凛とした姿勢に、アメリカの弁護士はもとより、検事、裁判官まで、敬服しました。戦略爆撃は戦争犯罪だと認めさせました。しかし、中将は逍遥として絞首刑をうけいれ、部下の多くを死から免れさせることに成功しました。また多くの捕らえられた人々から尊敬されたそうです。この話しはなぜか、あまり公知されていません。
 戦略爆撃の判断についてはマッカーサー元帥によって、拒否されましたが、死を賭して堂々と主張した生き方は映画「明日への遺言」等で詳しく知ることができます。

 今、日本が低迷し、瀬戸際のたっているのも、技術的な問題だけでなく、むしろ素朴な強い精神性が退化したからと言っても過言ではないはずです。 
 岡田 資中将のように、何らかの理由により、また不作為によって、後世のヒトへの立派なメッセージが埋もれていることが少なくないように感じています。探して行きたいと思います。 

   (写真は 岡田 資 中将 http://imperialarmy.hp.infoseek.co.jp/general/colonel/okada.html より) 

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